今夜、きみの手に触れさせて



それはホントのこと。


なんてことはなかった。
なんにもなかった。


矢代くんは絶対に、もう忘れちゃってるくらいちっぽけな出来事。




それなのに



矢代くんの笑った顔とか、

ゆるく握られた手の感触とか、

柔らかく澄んだ瞳の色を、


ずっと思い出しているこっちがおかしい。




昨日からヘンだな、わたし。


気がつくと矢代くんのことを、脳が勝手にリフレインしている。




声の感じとか、

アイスを食べたときの満足げな表情とか、


ぷふ、あれはちょっと可愛かった。




「あ、笑った。青依~」


律ちゃんに冷やかされる。


「ち、ちがうよ。そんなんじゃないって。もー、誰かに勘違いされたら困る」




そうそう、これこそが我が身に降って湧いた切実な問題。


律ちゃんもあわてて両手で口を押さえた。


とにかく早く小川さんの誤解を解かないと……。


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