今夜、きみの手に触れさせて


そう思ったとき、矢代くんの顔がニコッと笑った。




う、うそ。

まさか、わたしに?




いや、そんなはずはない。


わ、わたしのことなんか、覚えてるわけないもん。


だけど、左右をキョロキョロ見ても、背後を振り返っても、他には誰もいなくて……。


矢代くんがわたしに笑いかけてくれたんだと知ると、なぜだか胸がジーンとした。




笑顔、返せなかったな……。




矢代くんは、もうわたしには背を向けて、空を見あげていた。


せっかく笑ってくれたのに、可愛い女の子なら、きっと笑顔を返して手なんか振っちゃう。


いや、可愛くなくたって、そうだよ。


笑いかけられたら、笑い返す。


それが普通のコミュニケーション。




なのにわたしってば、あわあわキョロキョロしてただけ。


バカだ……。


恥ずかしい……。


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