憂鬱なソネット
ぼんやりとした顔で目の前に立ちはだかり、ぼそぼそとあたしに声をかける柔道着男。



近くで見ると、無精ひげまで生えている。



もう、場違いもいいところ。


場違いどころか、次元が違う。



とにかく、柔道着男と、男の背景とが、ミスマッチすぎて、完全にコントだ。




「藤沢さんですよね? お見合いの」




男がくぐもったような小さな声で、もう一度訊いてくる。




うそ………まじで?


お見合いの相手、この変人………?



あたしは、全力で「違います! 私は藤沢でありません、断じて!」と否定したくなった。



そして、それを実行しようと、大きく息を吸い込んだんだけど。




「じゃ、ちょっと、失礼します」




柔道着男は、あたしの返事を聞く前に、のっそりとあたしの向かいのソファに座った。




ラウンジ中の視線が、あたしたちの席に集中している。




そりゃあそうだろう。


まさかの柔道着男が、いったいどんな人間とお茶をするのかと思って見ていたら、相手はばっちりヘアメイクにドレスワンピースで着飾った女なのだ。


気になるに決まっている。




あたしはパーティーバッグをひっつかんで、即座に帰ろうとした。




でも、その瞬間、男が「はじめまして」と頭を下げてきたのである。




「俺、西郷寅吉っていいます」



「………あ、どうも」




あたしは立ち上がるタイミングを完全に逃してしまった。




< 5 / 131 >

この作品をシェア

pagetop