この思いを迷宮に捧ぐ
全く集中できなかった。千砂は、舞台の筋書きはおろか、汚職の一掃に関しても有効な手立て一つ思いつくことができなかった。
「行きましょう」
気を取り直して、座席を立った。
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高地で、農業や畜産業があまり盛んには行えない土地にあるこの土の国にとって、演劇は重要な「産業」に挙げることができる。
劇団が芸を披露する目的で、他国に旅をするついでに、交易を行うことも少なくない。
そして、そんな劇団が林立する中で、ここ20年ばかりトップは常にこの一座「煌(きらめき)」だ。
年間の売上と観客動員数から、トップと認められた劇団は、国王直属の組織とするのが習わしだ。
今晩のように、新たな演目の初演には、国王も招かれ、楽屋にも顔を出すことが珍しくない。
家督を継いで半年あまりを過ぎた千砂は、女王としてすでに何度も煌の座長に会っている。
そもそも、彼女はこの劇団で15年にわたって座長を勤めているのだから、千砂が幼い頃から座長といえば彼女の顔しか浮かばないくらいの存在だ。
慣れた道筋で舞台裏を歩き、坡留がドアを開けた部屋の中にも、何の警戒心もなく入った。
「ごきげんよう」
挨拶も、簡単なものでいいだろう。そんなことしか、千砂の頭には浮かばなかった。
「初めまして」