この思いを迷宮に捧ぐ
翠が身を屈めるようにして顔を近づけたから、千砂は身を強張らせた。
千砂の予想に反して、彼の唇は千砂のどこにも触れることなく遠ざかったが、列席者の誰も声を上げなかった。
…そうか。
千砂は、翠が列席者側から千砂の頬に顔を近づけたことに気が付いた。
広い会場で、ただでさえ距離がある中、そんな角度からでは、キスしたかどうかなんてわかりはしないのだ。
私の顔に、姉を思い浮かべる割には、私自身を女として見るつもりもないらしい。
千砂は、自分自身がさまざまな条件から利点を見出して翠と結婚することを決めたように、翠にも彼なりの都合があってここにいるのだろうということに、気が付いた。