この思いを迷宮に捧ぐ
式の間中、翠の母親が泣き続けていて、千砂は複雑な気分になった。
それまでの面会や待機の時間には、にこにこと控えめに微笑んでいたところしか見せなかった彼女が、あれほど泣くとは思わなかった。
それに、息子がこんなふうに、憧れの女性の面影を追いかけて結婚をするのだとは知りもしないのかもしれない。
知っているだけで、千砂は罪悪感を感じる。
千砂の困惑を見透かしたかのように、翠が小声でこう言った。
「契約をしようよ」
「契約?」
「俺は、あんたの仕事を助ける。あんたは、俺の母親の前では妻らしくふるまう」
千砂は首をかしげた。
「お母様の目には、もう妻に見えるみたいだし、あなたののむ条件の方が厳しいのは明白だけど、いいのかしら」
千砂の仕事を助けるとなると、どの程度かはともかく、何にしても負担が重いはずだ。国政に携わるかどうか、千砂の補助をするのかどうかなど、細かな点については一切話し合いが成されないままで今に至っている。