この思いを迷宮に捧ぐ
「今日は、わが国で最も美味しいと言われるワインをご用意しましたよ」

にこにこと嬉しそうな息子の様子に、断り切れずに千砂は引っ張られていく。

「さあ、殿下もぜひ」

ああ、やっぱり扱いづらい。

千砂はそうはっきりと自覚した。

冷たく切り捨てることも、無視することもできない。かといって、面と向かって不愉快だと断るほど嫌な人間でもない。

「この赤ワインの色。まるでこの国の夕日のようでしょう。味も抜群だそうです。僕は今日初めてワインと言うものを飲んだので、比較はできませんけどね」

笑いながら、息子が給仕のトレイからグラスを1つ取り上げて、千砂に渡した。


「陛下」

何か言いたげに、坡留が千砂を見つめるから、千砂は彼女にそのグラスを渡した。

「どうなさったんですか?お気に召さない?まさかご懐妊…」

後ろに立つ翠を見やって、とんでもない勘違いをしそうな息子に、千砂は仕方なく坡留から再びグラスを取り上げて、わずかに口をつけた。

「いいえ、少し手袋を直したかったものですから。美味しいですよ」

そう答えた千砂は、心身ともにすっかり疲れてしまっていた。

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