この思いを迷宮に捧ぐ
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「いやあ、本当にお綺麗ですね。噂通り、いや、それ以上のお美しさだ」

息がかからんばかりの距離に、なぜ大統領の息子がいるのか、千砂にはもうわからない。

顔が熱くて、外気に晒すために、バルコニーに出て来たはずだ。だがそれも、焼け石に水だったようで、今でも千砂の顔も頭も冷えないままだ。

「隙のない人だと聞いていたのに、こんなところでおひとりで」

いつの間にか自分の右手が、彼の両手に挟まれている。その事実に気が付いても、頭がぼんやりして働かず、千砂はただ息子の顔を見ているだけだ。

「そのような頼りなげな様子でいらっしゃるとは、僕にとっては願ってもない機会で」


「…陛下。お待たせして申し訳ない」

低い声は、知らない男のもののようだったが、大統領の息子の後ろから姿を見せたのは、翠だった。

「ご子息、妻を見守っていただき、ありがとうございます。長旅で疲れたようなので、部屋へ下がらせていただきます」

翠の腕の中で、すでに意識を失っていた千砂は、彼の言葉を聞いてはいなかった。


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