この思いを迷宮に捧ぐ
「死ぬ前に一太刀って感じか」

ふっとなぜか笑みを見せて、翠は手をゆるめた。

ごほっ、と咽ながら、千砂は、やっぱり嫌な奴だと思った。


「簡単に死ねると思うな」

翠が囁く。

意外なほどの強い力で、翠は千砂の手首を刃物ごと押さえこんでしまった。

「あんたは、力で競って負けたら、もうあっさり死ぬつもりだろう?」

大抵の場合においては、自分で身を守ることができるようになったと思っているし、その力が相手に及ばないなら、諦めるしかないに決まってる。千砂は口に出して答える気力もなく、そう考える。

「まだ、守るものに対する気持ちが弱い」

翠が押さえつけたままの両手首は、アルコールの影響もあって、もう全く動かせそうにない。

「漠然とした義務感で、国や自分は守りきれないんじゃない?」

翠が笑いを含んだ声で、軽い調子でそう指摘する。千砂はギクリとした。

漠然とした義務感。

なんて自分にぴったりの表現だろう。
でもそれを認める訳にはいかない。そうするには、すでに背負ったものが大きすぎた。

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