この思いを迷宮に捧ぐ
「心底守りたいなら、なぜ女の武器を使わない?」

千砂にはその意味さえ理解できないことが、翠には随分前からわかっていた。

「涙と色」

それを聞いた瞬間、どちらも絶対に無理だと、千砂は思った。

「できれば両方使うといい」

私にできるはずがない。そんなことをするくらいなら、死んだ方がましだ。

睨む千砂に、翠はたたみかける。

「あんたが今死んだら、駆け落ちしたっていう義弟が、女と引き離されるかもね。血眼になって捜す奴らに捕まって、故郷に国王として呼び戻されても、国を滅茶苦茶にするだろうなあ」

ああ、そんなことになったら。

黄生ならば、しかねない。いや、そういう事情を、翠がまるで知っているかのように聞こえるのが奇妙だ。

「弱い立場の人間ほど、真っ先につぶれる国が出来上がるだろう」

火の国の境の村で、家を焼かれて途方に暮れていた人々の姿が浮かぶ。ああいう民に、救いの手が差し伸べられることはなくなるかもしれない。

気まぐれな振る舞いが目につく翠が、こんなことを思いやったりすることも、千砂にとっては意外に感じられる。

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