この思いを迷宮に捧ぐ
姉の美砂(みさ)は、王子を産んだものの、産後の肥立ちが悪くて、亡くなった。
幼少時より体が弱かったのだから、妊娠も出産もリスクが高いことなど明白で、私は素直におめでとうと言うこともためらうくらいだったのに。
周囲の反対をよそに、姉は、義兄の子を産みたがった。
自分の命をかけてまで、彼に尽くしたいという姉の気持ちが、私には理解ができな…。
「陛下?」
千砂は、はっと我に返って、秘書の坡留(はる)の顔を見た。
神の声をきっかけに、記憶が過去に遡って、すっかりぼんやりしていたようだ。
いまだに、陛下と呼ばれることに慣れない。千砂と呼ばれていた頃が、遠い昔のような気がするのに、今の自分の立場に馴染むこともできないでいる。
「何か用?」
坡留は、千砂の様子には気が付かなかったふりをして、切り出した。
「大臣の汚職の件です」
普段から小さな彼女の声が、一層ひそめられて、千砂は周囲の気配を無意識に窺う。