この思いを迷宮に捧ぐ
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ふう、と気が緩んだのは、いくつもの警護の境を通り抜け、王族のプライベートゾーンに足を踏み入れてからだ。この中核部分に入れば、坡留も警戒を解いて、離れて付いてくる。



「もう休みましょう。今日もありがとう」


自分の寝室が近づき、いつものように、坡留にそう告げる。

「はい。また明日の朝、お迎えにあがります。おやすみなさいませ」

そう答えて、坡留はようやく自分ひとりの体に戻るのだ。

私の仕事を補助したり、ましてや身辺を警護するような家系の娘ではないのに、とふと思い出して、千砂は振り返る。

思っていた以上に小さな後ろ姿に、千砂はちくりと胸が傷んだ。

坡留の家は、代々王家の医者と助産師を輩出している。男は医者に、女は産婆になるべく、生まれた直後から育てられるのだ。タイミングによっては、乳母も兼ねる。

だから、本当なら、坡留は助産師になる訓練をしているはずなのだ。


あそこにも、あの事件のせいで、人生を狂わされた人がいる。千砂は心の中でだけ、そっと呟いた。



最後の角を曲がって、もう自分の寝室しかない廊下に差し掛かったものだから、千砂はすっかり気を抜いていた。

「あっ…」

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