この思いを迷宮に捧ぐ
女のかすかな悲鳴がくぐもって、はっと見やれば、黄生の見事な巻き髪が千砂の目に入るのだった。

顔が見えなくたって、あの髪は彼が母親から受け継いだもので、ほかに例を見ない美しさなのだから。



その弟は、目のやり場に困るような、ラブシーンの真っ最中だった。

湿り気を帯びた音がし始めて、その合間に女がつくため息に、千砂はやがてげんなりする。


黄生が抱きしめている女は、当然こちらも顔なんかよく見えないが、どう判断したってこの前見かけた子よりも随分髪が伸びているのだから、別人で間違いない。



ふぅ。

無意識のうちに気配を消す自分にもうんざりしつつ、千砂は黄生に文句を言う元気もなく、その傍らをそっと通り過ぎた。


「あれ?千砂」


…気がつかないでいいのに。

千砂は小さな声で毒づいた。
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