この思いを迷宮に捧ぐ
「陛下」

諭そうと口を開いた坡留が、いつもどおりにそれを断念するくらい、千砂のこわばった顔は全力でそれを拒んでいた。

「使者を帰しましょうか?」

坡留が、硬い声でそう問うのは、真に使者を帰すべきか否かを確認しているわけではない。

「ならば、採掘場へ」

千砂が見合いを拒んだ以上、使者を帰すのは決定事項であるが、今後の外交を考えて、手ぶらで返していいものかどうかを確認したということだ。

「お供いたします」

すでに席を立っていた千砂に、坡留が付き従うのも、いつものことだった。


姉の美砂様がご存命なら、と坡留は胸の内で、また呟いた。

真面目で融通が利かないところはあっても、ここまで笑わない人ではなかった、と。


美砂と千砂は、双子のようにそっくりな美しい姉妹で、二人が何かを囁いて笑い合う様など、何かの絵物語のようだと国の外まで囁かれるほどだった。

今や、「国の施策」としての微笑み以外に、千砂が心から笑うことなど無いに等しいということが、長い付き合いのうちに、坡留にはよくわかっていた。


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