この思いを迷宮に捧ぐ
「大丈夫か?」

返事もしない千砂を、怪訝な顔で見つめている晁登の様子に気がついたのは、いくらか時間が経ってからなのかもしれない。千砂は、自分の記憶とこの暗がりに、時間の感覚がわからなくなった。

「君の方が、よほど気が済んでないみたいに見える」

いつの間にか、晁登が鉄格子のすぐ近くまで来て、千砂の表情を探っていることに気がついた。

「どうして、あなたは私の表情を読むことができるのかしら」

初めて座長に就任した晁登の演じる劇を鑑賞した日、気もそぞろであったことを、指摘されたこともあった。

「確かに、私は気が済んでいないのかもしれない。それでも、感謝してるの、あの人を刺してくれたこと」

そう言って、千砂は鉄格子越しに、晁登の両手を包んだ。


はっと身を固くする晁登とは対照的に、千砂は今こそ心ここにあらずの状態で、ぞくりとするほど冷たい手で、彼の心まで冷やしたのだった。

「あいつ、今からとどめを刺してくるよ」

< 58 / 457 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop