この思いを迷宮に捧ぐ
晁登の暗く深く見える瞳に、千砂は自分の心が見透かされそうで怯える。

千砂はそうやって怯えながらも、晁登があの男を殺す場面を思い浮かべてしまう自分が、一層恐ろしい。なのに、彼の目から視線をそらすことさえできない。

「千砂。君のために」


何も打ち明けてはいないし、これからも話すつもりなどないのに、何かを察した晁登を、千砂は疎ましいとは思わなかった。

あの夜、事情に気がついた周囲の人間全てを呪いたい気持ちでいっぱいだったのに。

くだらない気遣いを見せることなく、私のために、あの男を殺してくれると、晁登は言う。

それは、本来の臆病な千砂の心の中に、次第に甘い気持ちを呼び起こす。絶対的な強いものに、隠れていたいと思った少女の頃。それは、父親だと思っていたのに、彼はあっさりと世を去った。


「いいの。殺すときは、この手で殺す」

もうあの頃の少女はいないはずだ。そう言い聞かせながら答えたその声は、もういつもどおりの声音のつもりだ。

これまで、自分の身は自分で守るための厳しい教育を受けてきた。


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