秘密実験【完全版】
プロローグ
男は座り心地の良い黄色の椅子に深く腰掛け、静かに佇んでいた。
肘を張り、長い脚を組んだ姿からは異様なほどの落ち着きが見て取れる。
無機質な白い部屋に、ただ一人……。
ヒトリ?
男は身じろぎもせず、ゆっくり目を閉じた。
全神経を集中させて瞑想する彼の耳に、微かにすすり泣く声が届く。
まだ泣いているのか、アイツは……。
男は苛立たしげに息を吐くと、床を蹴って椅子から立ち上がった。
左手から右手に拳銃を持ち替えながら、泣き声のする方へ歩いて行く。
「……!」
ふいに何かに反応して、男は立ち止まった。
その視線の先にあるのは、ペンキを塗り重ねたような真っ白な壁。
無表情だった男は口元を歪めて、一瞬不器用な笑みを作った。
そして、長い前髪から覗く虚ろな目で振り返る。
大きな業務用の金庫をじっと見つめていたが、やがて静かに口を開いた。
「……ゲーム・オーバー」
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