秘密実験【完全版】



『……あンだって? てめー、誰に口利いてんだ? クソ野郎がァ!』


 激昂したピエロ男は靴を履いたまま、悠介の頭を蹴飛ばした。


 彼の身体がぐらりと揺れ、椅子ごと地面に倒れる音がする。



「悠介……っ!」


「あはは、あはははっ! 面白~い♪」


 杏奈は思わず叫んだが、録画の映像だから聞こえるはずもない。


 背中越しに響く女の笑い声も耳に届かないほど、頭の中が真っ白になる。



『おらァ、謝れよ! 俺に謝れッ! 殺すだぁ……? 俺がお前を殺してやるよッ!』


 ピエロ男が怒鳴りつけながら、倒れ込んだ悠介に殴る蹴るの暴行を加える。


 ドスッ、ドスッと言う鈍い音が響く。


 怒り狂った男は猛獣のごとく、本能のままに動いているように見えた。



『殺す、殺す、殺してやる!! ……謝らないならブッ殺すぞ!?』


 男が勢い良く振り下ろした右足が、悠介の胸に直撃する。



『ぐわぁああッ……!!』


 水揚げされた魚のようにビクンと身体を跳ね上げ、今までで一番大きく絶叫する悠介。


 荒い呼吸を繰り返しながら悶絶している。



「……っ」


 あまりの痛々しい光景に、杏奈は声が出なかった。


 このままじゃ悠介が死んじゃう……!


 思いやりのある優しい彼が、何でこんな目に遭わないといけないの?


 怒りと絶望ともどかしさに、息が苦しくなる。


 “杏、誕生日おめでとう。これ……安物だけど受け取って?”


 先月の誕生日に、照れながらもプレゼントを渡してくれた悠介。


 綺麗なガラス彫りのうさぎの置き物だった。


 もちろん今でも、部屋の机の上に大切に飾ってある。


 初めての彼氏から貰う、初めてのプレゼント。


 本当に嬉しかった。


 いつも優しくて、杏奈のことを大事にしてくれた。


 それなのに……


 私は、悠介に大好きなコーラを飲ませなかった。


 最低な女だ……私。


 杏奈の右目から、涙がポロリと零れ落ちる。


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