秘密実験【完全版】
泣いたところで、これは録画だから気持ちは伝わらないけれど──。
このとき、杏奈は初めて後悔していた。
監禁されてからは自分のことばかり考えていて、悠介に一度も優しく出来なかったことを。
『……ん? おい、寝ながらゲロ吐くなや。きったねーな! あとで彼女に見せるんだから、シャンとしろやシャンと~』
ピエロ男が言いながら、横たわる悠介を足で揺さぶっている。
十数秒ほどの沈黙。
息遣いと、衣擦れの音だけが室内に響いていた。
画面から見切れている悠介の姿を、杏奈は目を凝らすように見つめる。
『おいッ! ……えっ? 何コイツ。息、してんのか……?』
ピエロ男の焦りを含んだ声に、胸の鼓動がにわかに速くなる。
嫌……、やめて!!
ただならぬ空気を察知して、膝が小刻みに震えそうになる。
杏奈は耳を塞いで、この場から逃げ出したかった。
しかし実際には手は使えないし、足が竦んで動けない。
“現実”と直面しなければならなかった。
『……っ、だぁああああッ! 俺は悪くない、俺じゃねえ……ッ!!』
ピエロ男はパーマヘアーを掻きむしりながら、壊れたラジオのように“俺じゃねえ、俺じゃねえ”と繰り返している。
そして我に返ると、青ざめた顔でカメラに歩み寄ってきた。
『オ・レ・じゃ・ね・え……!!』
絞り出すように言うと、男は画面から姿を消した。
電源を落としたのだろう。
室内に奇妙な静寂が漂っていた。
「え~? 殺しちゃったのォ~? 額田せんぱ~い! キャハハハッ」
女の笑い声が、杏奈の頭をすり抜けていく。
──殺した?
誰を? 誰が?
ヌカダ先輩って誰?
……悠介は無事だよね?
杏奈は真っ暗の画面を見つめたまま、ひどく混乱する頭でぼんやりと考え続けていた。
いくら目を凝らしても、惚けたような表情を浮かべた自分の顔しか見えない。
悠介は生きてるよね?