秘密実験【完全版】
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自分はなんて不幸な星の下に生まれたんだ。
森耕太郎はかつて、本気でそう考えていた。
彼が大学に入る直前、自宅には毎晩のように借金の取り立てがやって来た。
父親の事業が失敗し、酒浸りになった父は家族に内緒で闇金融に手を出したのである。
勉強とアルバイトの両立に苦労しながら、やっとの思いで合格を勝ち取った一流大学。
それなのに、入学金も受講料も払えないなんて──。
夢にまで見た大学生活が水の泡となってしまう。
晴れて大学生となった耕太郎は悩んでいた。
このままでは、夜逃げしなくてはならないかもしれない……。
その前に、思い詰めた父親が一家心中を企てるかもしれない。
どちらも考えただけでゾッとした。
入学して間もない頃、耕太郎はある噂を耳にした。
“財閥の御曹司が大学にいる”──。
どうやら三年生らしい。
彼の名前と学部を聞き出し、会いに行った。
「……俺に何の用だ?」
柔らかくクセのついた長い黒髪に、気だるげな雰囲気。
しかし、眼光は異様なほど鋭い。
芹沢真は、若手ミュージシャンのような風貌の男だった。
「あ、あの……! 僕、経済学部の森耕太郎と申します。実は折り入ってお話ししたいことがありまして……」
緊張で早口になりながら、耕太郎は恥を忍んで彼にある頼み事をした。
初対面の芹沢真に向かって、「父親の借金の肩代わりをして欲しい」と土下座したのである。
それまで無表情だった真の顔に、冷酷な薄笑いが広がる。
「……へぇ、それで? 見返りに何をくれるの?」
「も、もちろんお貸し頂いたお金は、働いて全額お返しします! 何年かかるか分かりませんが、でも絶対に……」
「人の話を聞け。“見返り”は何だと言ってるんだ」
芹沢真の突き刺さるような目つきに、瞬間的に背筋が冷たくなった。
しかし、今は怯んでいる場合ではない。
「……っ、芹沢さんに忠誠を誓います! 裏切った場合、僕の、い……命を差し上げます……ッ」
耕太郎は額に冷や汗を浮かべながら、必死に震える声を振り絞った。
そして、再び地面に頭をこすりつけた。