秘密実験【完全版】
耕太郎はダイニングテーブルで、簡単な朝食をとっていた。
この部屋には暖炉とソファーがあり、一家団欒には持って来いだろう。
真っ白な壁には、美しい貴婦人の肖像画が飾られている。
誰なのか知らないし、耕太郎は尋ねるつもりもなかった。
さすが、御曹司の真さん。
自分専用の別荘を持ってるなんてすごいや……。
この別荘は真の父親が妻のために建てたらしいが、いつしか真の所有地となったらしい。
そう言えば、彼は自分と家族のことを全く話さない。
口を開けば、小難しい哲学の話か、金儲けについてのノウハウである。
愛想のかけらもない男だが、耕太郎にとっては命の恩人であり、唯一無二の存在だった。
何があっても、僕は真さんを裏切らない。
……いや、裏切れない。
「森」
音もなく現れた真が、短く名前を呼んだ。
夏なのに、長袖のシャツを羽織っている。
「ふぁい……!」
鮭のお茶漬けをかき込んでいた耕太郎は頬を膨らませたまま、慌てて返事をした。
真が無言でじろりと睨む。
口にものを入れたまま喋るな、と過去に注意されたことを思い出す。
彼は食事のマナーに厳しかった。
「……今から出かけてくる」
「えっ? また……ですか?」
「悪いか? 俺が出かけようと、お前に口出しする権利はない」
「そ、それはもちろん。じゃあ実験の方は……?」
箸を置きながら、真の横顔に問いかける。
“実験”と言う名の犯罪が中断されることを内心願っていた。
「被験者Aは、お前と倉重に任せる」
「あ、ハァ……」
耕太郎は複雑な心境で、曖昧に頷いた。
実験は続行か。
“彼女”とまた会える──。
そう思うと、少し胸が弾んだ。
木南杏奈。
彼氏とともに我々に監禁された、あの可愛い少女の顔が思い浮かぶ。
そう言えば、あの彼氏はどうなったのだろうか?
後で、額田先輩に訊いてみよう。
真が部屋から出て行くと、耕太郎は再びお茶漬けをズルズル音を立てながら食べ始めた。