秘密実験【完全版】
監視室に立ち寄ると、倉重拓馬がヘッドホンで音楽を聴きながらリズムを取っていた。
大好きなヒップホップでも聴いているのだろう。
チャンスだ──と、耕太郎は思った。
監視者が真でも、額田でもない。
四六時中、ヒップホップのことしか頭にない倉重拓馬なら好都合だった。
「先輩、先輩」
耕太郎は小声で囁きながら、拓馬の肩を揺すった。
ヘッドホンを外し、こちらを見上げてくる。
「ん? おぉ。何だ?」
「僕、リーダーから被験者Aの様子を見てくるよう言われましたんで。行ってきますね」
「……そうか。行ってら」
拓馬は素っ気なく言いながら手を振ると、再びヘッドホンをして全身でリズムに乗り始めた。
それを白い目で見ながら、耕太郎は『A』と書かれたキーホルダーのついた鍵を手に取った。
監視室を出て、突き当たりの扉の前で立ち止まる。
深呼吸をして、密やかな高揚感を落ち着かせようとする。
鍵を開けて扉を開くと、耕太郎は真っ先に彼女の姿を探した。
……あれ? いない。
部屋のどこにも、彼女の姿が見当たらない。
半開きになったバスルームの扉から、すすり泣くような声が聞こえてきた。
「っく……! うう……っ」
バスタブの縁に腰かけ、顔を伏せている木南杏奈が目に入る。
やはり彼女は泣いていた。
耕太郎はどうしたらいいか分からず、オロオロと立ち往生した。
「あ、杏奈さん……」
「っ……!!」
勇気を出して声をかけると、俯いていた杏奈がハッとしたように顔を上げた。
白い頬が涙でぐっしょり濡れている。
不謹慎ながら、美しい泣き顔だと思った。
「ゆっ……悠介は? 悠介はどうなったの!?」
耕太郎を睨みつけるようにして、鼻声のまま問い詰めるように言う。
悠介とは、被験者Bの遠藤悠介のことだろう。
彼氏の身を案じて泣いてるのか……。
耕太郎は思わず嫉妬を覚えたが、感情を押し殺して無表情を装った。
「僕は知りませんよ。何にも」
冷たくそう言うと、彼女は意外そうに目を丸くした。
そして、さらに大きな声で泣き出したのである。