秘密実験【完全版】
「わわっ! 泣かないで下さいよ、杏奈さん。僕はその、本当に何も知らないんです……!」
耕太郎は慌てて顔の前で手を振りながら、必死に弁解した。
意地悪を言って、嫌われたくはない。
すると、杏奈は涙に濡れた瞳をまっすぐ向けてきた。
「……悠介が死んじゃったかもしれないの。どうしよう……っ」
迷子のような不安げな表情で訴える杏奈。
耕太郎は返事に窮した。
安易に「きっと生きてるよ」とも言えないが、死んだとも思えない。
この“実験”は殺害が目的ではないのだから。
「……杏奈さん。元気を出して下さい」
耕太郎は膝に手をついて、杏奈の顔を覗き込んだ。
場違いな言葉かもしれないが、心の底からそう思った。
泣き顔よりも笑顔が見たい。
……僕だけに微笑んでくれたらいいのに。
「元気なんかないわ。頭も痛いし、胃もキリキリするし……。最悪な気分!」
杏奈は顔を背けながら、怒ったように言い放った。
最初に会った頃より、少しやつれた気がする。
髪もパサパサだし、ふっくらとしていた頬に張りがなくなっている。
それでも、耕太郎の目には十分美しく映った。
「……今、リーダーは外出中です」
耕太郎がそう言うと、杏奈は“だから?”と言わんばかりに眉を上げた。
一瞬、躊躇してから続ける。
「何か食べたいもの、ないですか? ご協力できる範囲であれば──」
「ほんとっ? ……私、お菓子が食べたいな。何でもいいから甘いもの!」
無表情だった杏奈がパッと顔を輝かせて、耕太郎を遮って声を弾ませた。
女の子は甘いもの好きだよな。
耕太郎は思わず、苦笑する。
「分かりました……。ちょっと待ってて下さい」
そう言い残し、バスルームから出ようとした。
「……コウちゃん」
「っ!」
ふいに名前で呼ばれ、耕太郎はビクッと身体を硬直させた。
ぎこちなく振り返ると、杏奈が少し疲れた顔で微笑んでいた。
「ありがとう。気をつけて……ね?」
──たとえ偽りでもいい。
彼女が僕に、笑いかけてくれるなら。
危ない橋も渡れそうな気がするんだ。