秘密実験【完全版】
第六章
『コウちゃん……』
坊主男の名前を呼ぶ、自分の切なげな声を思い出す。
我ながら、大した演技力だと感心した。
悠介以外の男に甘えたことは今まで一度もない。
しかし、杏奈にとってあの坊主男は“唯一の頼みの綱”だった。
彼の気を引けば、私は生き延びられる……。
しばらくして、静かに開いた扉から坊主男──森耕太郎が現れた。
腹部のあたりが不自然に膨らんでいる。
杏奈はニヤけそうになるのを堪えながら、耕太郎を無言で見上げた。
「……杏奈さん。バスルームに行きませんか?」
カメラを気にしてか、チラチラとテレビの方を見ながら言う。
杏奈は小さく頷いて、耕太郎の提案に大人しく従った。
「……はい、どうぞ」
彼が服の下から取り出したのは、チョコレート菓子の箱。
──やった!!
大好きなチョコレートに嬉しさが込み上げるが、手が使えないから受け取れない。
「あ、ごめんなさい。手錠したままじゃ食べれませんよね?」
耕太郎は小さく笑いながら、手錠の鍵を外してくれた。
いい奴だと、改めて思う。
しかし、杏奈は感謝するよりも先に、チョコレート菓子を貪り食べた。
美味しい! やっぱりチョコは最高~!
久しぶりに口にする甘味に幸せを噛みしめながら、あっという間にペロリと平らげた。
「はぁ……美味しかった。ごちそうさま」
「ホントに好きなんですね、甘いもの。喉乾いたでしょう?」
耕太郎はニコッとして、服の下から小さな紙パックのオレンジジュースを取り出した。
それを受け取り、一気に飲み干す。
冷たいオレンジジュースはカラカラだった杏奈の喉を潤した。
「……ありがと」
杏奈は素っ気なく言いながら、菓子の空箱と空の紙パックを突き返した。
「いえ……」と返事しつつ、彼は少し物足りなさそうな表情で杏奈の顔を見つめている。
コイツ、私に「コウちゃん」って呼んで欲しいんだ。
でもね……今回はお預け。
意地悪な女でごめんなさいね?
コウちゃん。