秘密実験【完全版】



 杏奈は力なく座り込み、恐怖と絶望に打ちひしがれていた。


 実感がないせいか、悲しみは湧いてこない。



「杏奈さん……大丈夫ですか?」


 悲しそうな顔で、おずおずと手を伸ばそうとする耕太郎。



「……触らないでっ!」


 杏奈は声を荒げて、彼の慰めを拒絶した。


 一瞬ビクッとして、手を引っ込める。


 耕太郎が悪いわけではない。


 しかし、犯人一味には違いないのだ。


 突如として激しい嫌悪感が込み上げる。


 憎い……。


 こいつらは私から悠介を奪ったんだ。


 杏奈の敵意に満ちた眼差しを、耕太郎は無言で受け止めた。


 去っていく背中が小さく、頼りなさげに見えた。


 悠介が死んだと言う。


 信じられないし、信じたくもない。


 一人になった杏奈は、いくらか冷静に考えることが出来た。


 悠介は本当に死んだの……?


 現実味がなさすぎて、涙など出なかった。


 石のように固まったままでいると、扉が静かに開いた。



「……たった今、リーダーは出かけていきました。何かご入り用のものはありますか?」


 耕太郎は気まずそうに、俯きがちに言った。


 もしかして泣いたのだろうか、目が赤い。


 少し考えてから、杏奈は小さく答えた。



「コーラを……。あと、何でもいいから食べるもの」


 耕太郎は言われた通り、コーラの缶と菓子の袋を抱えて戻ってきた。


 手錠を外してもらうと、杏奈はバスルームに入った。


 そして、洗面台の扉を開けて、迷うことなく悠介の眼球を手に取る。



「うわっ……!」


 背後で耕太郎の小さな悲鳴が聞こえた。


 大好きなコーラだよ?


 悠介……。


 杏奈は心の中で話しかけながら、眼球にコーラを少しずつ染み込ませた。


 眼球から流れ落ちるコーラが、排水溝に吸い込まれていく。


 ゴポッ ゴポッ……


 排水溝から音が上がる。


 全部流し終わったとき、杏奈はその場に力なく座り込んだ。



「くッ……うう!」


 言葉では言い表せない感情が溢れ出し、嗚咽を漏らす。


 杏奈の背後では、耕太郎が同じように涙を流しながら手を合わせていた。


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