秘密実験【完全版】



 杏奈は振り返って、子供のようにポタポタと涙を流す耕太郎を見上げた。



「……何であんたまで泣くの? 加害者のくせに」


 唇を歪ませながら、辛辣な言葉をぶつける。


 耕太郎は涙を拭おうともせず、黙って立ち尽くしていた。


 どんな理由があれ、誘拐・監禁は立派な犯罪だ。


 今さら涙を流して、良い人ぶるのもおかしな話。


 答えようとしない耕太郎に苛立ちを覚えて、杏奈はため息を吐き出した。



「出て行ってくれない? 一人になりたいの」


「っ、杏奈さ……」


「出てってよ……早く!」


 泣き叫びながら、コーラの空き缶を耕太郎に投げつける。


 缶のプルトップが唇の端に当たり、うっすらと血が滲み出した。


 しかし耕太郎は何の反応も見せない。



「あ、あの……手錠を……」


「……ハァ。早くしてよね!」


 オドオドと杏奈に手錠をかけると、耕太郎は一礼して部屋から出て行った。


 一人になってからも怒りが収まらず、バスルームの扉を蹴飛ばした。


 何で私たちがこんな目に遭わなければいけないの?


 不安で、苦しくて、ひもじくて……!


 絶対に許さない──。



「はぁ、はぁ……ッ」


 杏奈は肩で大きく呼吸をして、吐血しそうなほどの悔しさを胸に刻み込んだ。


 しかし、どんなに怒ってもエネルギーを消耗するだけ。


 お菓子の箱を洗面台の扉に隠し、バスルームから出た。


 壁にもたれかかり天井を仰ぐ。


 頭の中に浮かぶのは、悠介の笑顔と耕太郎の泣き顔だった。


 悠介はともかく、何でアイツが……?


 あのひょろひょろな坊主なんかタイプじゃないし、泣き顔は正直ブサイクなくらいなのに。


 しかし杏奈は、自分が思う以上に耕太郎の優しさに救われていることに気づいた。


 ……悠介。


 私が好きなのは悠介だけだからね?


 でも、あなたは死んでしまった。


 だから……


 だから、私は一人だけでも生き残って見せる。


 杏奈は心細さを感じながらも、どこかで悠介が見守ってくれていると信じることにした。


 何かに──誰かにすがっていなければ、正気のままではいられない。


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