秘密実験【完全版】
*
ねぇ、真。
あなたさえいれば、私は他に何もいらないの……。
本当だよ?
「中野」
彼に、ぶっきらぼうに名前を呼ばれるのが好きだった。
正確には名字だけど──。
中野未来にとって、彼の存在が生きる糧だった。
学内のカフェで初めて姿を見た瞬間、一目で恋に落ちた。
超美形というわけでもないし、その頃は彼が大財閥の御曹司であることなど知らなかった。
ただ、彼の圧倒的な存在感と陰のある表情に、未来は心を奪われたのである。
芹沢真という男に、彼女は魅入られてしまった。
愛しているからこそ、彼が計画した犯罪にも荷担する覚悟が出来た。
その標的になったのは、ファーストフード店で“たまたま”居合わせた仲睦まじそうな高校生カップル。
未来は何とも思わず、ただ彼の指示通りに動いた。
褒められ、愛されたい一心で……。
しかし、彼は一度だって「好きだ」とも「愛してる」とも言ったことがない。
ベッドの上では、自身の欲望を一方的に満たすだけ。
愛情のかけらもないことは分かっていた。
それでもいい……真のそばに居られるのなら。
彼の身体には、痣や傷跡がある。
それは少しずつ増えていった。
いつだったか、痛々しい傷を指先でなぞりながら尋ねたことがある。
“どうしたの? この傷……”
すると、彼は視線を外したまま答えた。
“自分を律するためだ”
──自分を律する?
未来にはその意味が分からなかった。
しかし、真は自分にも他人にも厳しい人間だ。
“あたし、真のそういうところも好きだよ?”
しかし、彼はそんな甘い言葉を望まない。
少なくとも、未来に対してはそんな役割を求めていないのだ。
時には、身体を傷つけられたりもした。
それでもやはり、彼から離れることなど出来ないし、離れようとも思わない。
……あたしは重度の依存症かもね?