秘密実験【完全版】







 ──お腹空いた……。


 短い眠りから覚めた杏奈は、重い身体をゆっくり起こした。


 耕太郎を追い払ってから何時間経ったのだろう。


 時間の感覚など、とうの昔に失ってしまっていた。


 よろめきながらバスルームに入ると、杏奈は後ろ手に洗面台の扉を開けた。


 身体が軟らかくて良かったと心底思う。


 お菓子を食べようとして、ふと手を止める。


 ……誰か来る!


 入り口の扉を開ける音が聞こえたのだ。


 耕太郎以外の人間にバレたら、厄介なことになる。


 杏奈は慌ててお菓子の箱を戻し、バスルームから飛び出した。



「……っ!」


 室内に入って来たのはリーダーの男だった。


 その後ろから、最近やけにハイテンションになった女が入室する。


 陽気に鼻歌を口ずさんでいた。


 ……二人揃ってなんて珍しい。


 何が始まるってわけ?


 杏奈は警戒心を露わにしながら、リーダーの男を見つめた。



「これからゲームをする」


「……え?」


 息を詰めて身構えていた杏奈は、その言葉に思わず拍子抜けしそうになる。


 しかし、油断は出来ない。


 “ゲーム”と言う名の実験なのだろう。



「早い話がロシアンルーレットだ。……ここに、饅頭が三つある」


 男は抑揚なく言いながら、手にしている皿に視線を落とした。


 確かに、美味しそうな饅頭である。


 空腹状態の杏奈はゴクンと唾を飲んだ。


 でも、ロシアンルーレットって……?



「三つのうち、二つが毒入りだ」


「っ……!」


 要するに、毒入り饅頭を食べたら死ぬ。


 杏奈は皿の饅頭から、リーダーの男に視線を移した。



「……三つってことは、アンタも参加するの?」


「あいにく、俺は餡子が苦手だ。うちの中野と勝負してもらう」


「コムスメなんかに負けないんだからッ!」


 女は鼻息荒く吐き捨てると、ニヤリと不敵な笑みを漏らした。


 中野って言うのね……どうでもいいけど。


 ひどく興奮している中野を見つめながら、杏奈はこの状況にも関わらず冷静を保っている自分に少し驚いた。


 もちろん、死にたくはない。


< 116 / 176 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop