秘密実験【完全版】



 しかし、杏奈はふと引っかかるのを覚えた。


 身内に不幸があったから帰った……?


 あの冷血人間が、そんな理由で仲間をあっさりと帰すとは思えない。


 ただでさえ、仲間が一人減ってるのに。


 杏奈はある仮説に思い当たり、耕太郎を見上げた。



「ねぇ……死んだ中野サンと、ゾンビの男は仲が良かった?」


「えっ? ま、まぁ~……同級生ですからね、あの二人は」


 耕太郎が少しギクリとした様子で、歯切れ悪く答える。


 本当に分かりやすいんだから。



「……中野サンが好きだったのよ、ゾンビは。あれは恋する目だったもの」


 杏奈の推理は、全くのハッタリだった。


 むしろ、あのヒステリー女に惚れる男なんかいないだろうとさえ思う。



「杏奈さんも気づいてましたか……。倉重先輩、泣いてましたよ」


 耕太郎が沈痛の面持ちで、呟くように言った。


 やっぱり……!


 ゾンビ男──倉重は、中野を好きだったらしい。


 杏奈は胸の鼓動が速まるのを感じながら、さらに推測をした。


 リーダーに復讐を試みて、返り討ちに遭ったんじゃ……。



「本当は、僕だって帰りたいんです。……今のはオフレコでお願いしますね?」


 耕太郎が悪戯っぽく笑いながら、唇に人差し指を添える。


 仕草や喋り口調の端々に、純朴な人柄が滲み出ていた。


 だからこそ、杏奈は訊きたいと思った。


 なぜ、こんな犯罪に荷担したのかを……。



「コウちゃんは兄弟いるの?」


「……えっ。あ、はい! 中学生の弟がいます」


 突然名前を呼ばれて驚いたのか、耕太郎は慌てたように早口でそう答えた。


 “弟”と言う響きに、杏奈は年の離れた弟の龍太の顔を思い浮かべた。


 腹違いの、顔も性格もあまり似ていない弟を……。



「そう。弟さんが……。私にもいるのよ、まだ小学生だけど」


「へぇ! 杏奈さんの弟だから、きっとカッコイイか可愛らしいんでしょうね……」


 屈託のない笑みを見せる耕太郎に、杏奈は思わず悠介と重ね合わせてしまった。


 ……ほんの一瞬だけ。


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