秘密実験【完全版】
「……そんなことがあったのね……」
話を聞き終えた杏奈は、静かに言葉を吐き出した。
父親の借金。
家族を守るため、御曹司のリーダーに己の命と引き換えに借金の肩代わりを頼んだ耕太郎。
まるでドラマのように、現実離れした話だ。
作り話とも思えないけど……。
悲しげに目を伏せる耕太郎を盗み見ながら、杏奈は黙って耳を傾けていた。
「でも、僕は後悔してません。おかげで家族が離散しなくて済んだんですから……」
ふいに顔を上げ、フッと微笑む耕太郎。
その柔和な顔つきの裏には、苦労の影が滲み出ていた。
でも、同情はしない。
「罪のない私たちを巻き込んでまで、そんなこと言えるなんて……大したもんね」
口元に微笑を浮かべつつ、杏奈の冷たい眼差しは鋭く耕太郎を貫いていた。
責めるつもりではないが、自分たちがされた仕打ちを思うと、このくらいのことは言いたくなる。
「あっ……ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃ……」
「ふっ……冗談よ! すぐ真に受けないで。……あなたに恨み言を言ったって、状況は変わらないし」
杏奈は口だけで笑みを作るが、心中は穏やかではなかった。
本当はこの気弱な男を罵倒し、やり場のない怒りをぶつけたいと思う。
でも、そんなことをしたら逆効果。
コウちゃんみたいなタイプには、気を引きつつうまく利用するのが一番なのよ……。
「杏奈さんは心が広い方ですね……。僕も、出来る範囲内でご協力します」
まるで誠実なのホテルマンのように、彼は頭をゆっくり下げた。
“出来る範囲内で”か。
命を張ってまで、私を助ける気はないってわけね……。
「今って何日? ここに閉じ込められてから、時間の感覚が全くないの」
「あ……えーと、八月の十三日です」
耕太郎は少し躊躇する素振りを見せたが、雰囲気に流されるままに答えた。
彼の中で、リーダーに対する忠義心がどうしても後ろめたさを生み出すのだろう。
「ありがとう。……もうそんなに経ってるんだ」
所在なげに突っ立つ耕太郎から視線を逸らし、杏奈はため息混じりに小さく呟いた。