秘密実験【完全版】



 扉から出て行こうとしたピエロ男が指を鳴らして、こちらを振り返った。



「──そうだ。お前さ、嫌いな食いものってある?」


「え……?」


 意外な質問に、首を傾げる杏奈。


 何でそんなことを訊くんだろう。


 彼女には一つだけ、食べられないものがあった。



「いいから答えろよ。ちなみに、俺の嫌いなもんは野菜全般!」 


「……、ない」


 杏奈は目を逸らしながらさりげなく答えた。


 すると、男が意味ありげな視線を送ってきた。



「好き嫌いのない奴なんか、俺から見たらチートだね。ヘッ、羨ましいとは言わねーぜ!」


 ピエロ男はそう言い残し、今度こそ部屋から出て行った。


 扉が閉まると同時に、杏奈は緊張で強ばった身体を壁に預けた。


 敵に弱味を握られてはダメ。


 嫌いなもの、苦手なこと……。


 自分が不利になる情報は、絶対に口にするまいと心に誓った。


 しかし、暴力や拷問などに耐えられる自信はない。



「……はぁ」


 重いため息をついて、立てた膝に顔を埋める。


 静寂が支配する殺風景な部屋に一人ぼっち。


 心細くて泣きそうになるのを、唇を噛みしめて堪える。


 いくらか冷静になった杏奈の頭に浮かんだのは、愛する彼氏の顔だった。


 悠介……今、どうしてるのかな。


 行方不明になった私を心配してくれてる?


< 13 / 176 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop