秘密実験【完全版】
扉から出て行こうとしたピエロ男が指を鳴らして、こちらを振り返った。
「──そうだ。お前さ、嫌いな食いものってある?」
「え……?」
意外な質問に、首を傾げる杏奈。
何でそんなことを訊くんだろう。
彼女には一つだけ、食べられないものがあった。
「いいから答えろよ。ちなみに、俺の嫌いなもんは野菜全般!」
「……、ない」
杏奈は目を逸らしながらさりげなく答えた。
すると、男が意味ありげな視線を送ってきた。
「好き嫌いのない奴なんか、俺から見たらチートだね。ヘッ、羨ましいとは言わねーぜ!」
ピエロ男はそう言い残し、今度こそ部屋から出て行った。
扉が閉まると同時に、杏奈は緊張で強ばった身体を壁に預けた。
敵に弱味を握られてはダメ。
嫌いなもの、苦手なこと……。
自分が不利になる情報は、絶対に口にするまいと心に誓った。
しかし、暴力や拷問などに耐えられる自信はない。
「……はぁ」
重いため息をついて、立てた膝に顔を埋める。
静寂が支配する殺風景な部屋に一人ぼっち。
心細くて泣きそうになるのを、唇を噛みしめて堪える。
いくらか冷静になった杏奈の頭に浮かんだのは、愛する彼氏の顔だった。
悠介……今、どうしてるのかな。
行方不明になった私を心配してくれてる?