秘密実験【完全版】
不気味な静寂に包まれた室内で、耕太郎は目を閉じたまま動かなくなった。
死んじゃったの……?
杏奈の目に映る彼は、ボロ雑巾と同じだった。
グチャグチャになった腹部から血を垂れ流す耕太郎の亡骸が、薄汚くて不潔なものに感じる。
自身の白いワンピースに視線を落とすと、同じように赤く染まっていた。
──私は違う……、汚くなんかない!
杏奈はキュッと唇を噛みながら、血の跡を隠すように腹部に手を添えた。
コツ……
靴音を鳴らし、芹沢真がキャンバスの前に立つ。
ナイフについた耕太郎の血で、絵の中の杏奈のワンピースを赤く染めた。
そして、出来上がった絵を杏奈の方に向ける。
「……美化し過ぎたかもな?」
芹沢は右の口角を不器用につり上げながら言った。
絵の中の彼女は、息を飲むほどの美しさと憂いを帯びた表情を浮かべている。
しかし、杏奈にとってそんなことはどうでも良かった。
「……可哀想な人」
疲れと苛立ちが限界に近づき、思わず本音が口から飛び出した。
瞬間、芹沢が鋭い一瞥を寄越す。
「ふん。今さら取り繕っても、貴様も同じ穴のムジナだ……」
「どうして?」
「自覚がない時点で、救いようがないな」
「……っ」
ニヤリと口の端だけで笑う芹沢に、杏奈は返す言葉を失った。
本当に憎たらしい。
物事を歪んだ見方しか出来ず、この世の全てを知ったような顔をして。
自分だけが、特別なつもり?
「まぁ、俺にとったらどうでもいいことだが……」
そこまで言うと、芹沢は意味深な視線を向けてきた。
そして、ゆっくりと杏奈の前に立ちはだかる。
狂気の色を宿した切れ長の瞳と目が合い、ゾクッとした寒気に小さく身を震わせる。
「……何を怯えている?」
「い……やっ……!」
杏奈は首を振りながら、両腕で自分の身体を抱きしめた。
しかし、芹沢は容赦なく嘲笑う。
「諦めろ。お前の身も心も……命さえも、俺のものだ」