秘密実験【完全版】
振り返ると、そこには四十代と思しき細面の女性が立っていた。
優しそうな眼差しを真に向けている。
「……そうですけど」
素っ気なく答えると、女性はホッとしたような安堵の表情を見せた。
「やっぱり……。お母さんの言う通り、育ちの良さそうなお坊ちゃんだこと」
「……もしかして、おばあさんの」
勘の鋭い真は、この女性の素性にピンと来た。
「生前は、母がお世話になりました」
女性は礼儀正しく頭を下げると、弱々しく微笑んだ。
その繊細な表情が一瞬、母親と重なってドキリとしてしまう。
「いえ……僕は別に」
真は自分にまだ人間らしい感情が残っていたことに動揺しながら、小さく会釈を返して歩き出した。
「あっ、待って……! 母から、これを預かってたんです」
女性は真を呼び止めると、おずおずと小さな紙袋を差し出してきた。
思わず受け取ってしまい、真は仕方なく中身を覗いた。
「手袋……?」
中には、手編みの青い手袋が入っていた。
真は驚きのあまり、首を振りながら女性に紙袋を突き返す。
「これ……受け取れません。お孫さんに編んだものだから」
確かに、お婆さんは言っていた。
“可愛い孫にプレゼントする為”と──。
すると、女性はふっと悲しそうに笑った。
「母には……孫はおりません。正確に言うと、十年前に事故で亡くしたんです」
「え……?」
真は返す言葉を失った。
紙袋の重みが増したような気がして、両手でしっかりと抱える。
「ちょうど、真くんくらいの年齢だった……。母は、あなたと駿を重ねて見ていたのかもしれません」
女性はそう言うと、当時を思い出したのか目を潤ませた。
──お婆さんにそんな辛い過去があったなんて。
この人だって、大切な息子を失ったんだ……。
真は複雑な気持ちで、手編みの手袋とともに帰宅した。
紙袋の底に、メッセージカードが入っていることに気づく。
【真くん、メリィ・クリスマス!いつまでも、やさしいえがおをわすれないでネ】
お婆さんの直筆であろう、読みづらいが心のこもった文字に、真は不覚にも涙を流した。