秘密実験【完全版】



「ハァ、ハァ……」


 狭い室内に響くのは、杏奈の息づかいだった。


 胃の中のものを吐いた後、ずっと横たわっていた。


 真夏なのに、寒気すら感じる。


 風邪ひいたのかな……?


 頭も少し痛い。


 固い床の上で寝るのは辛く、毛布や布団が欲しいと思う。


 しかし、悠介の苦しそうな姿を思い出すと、そんなワガママは言っていられなかった。



「私はまだ……マシな方だよね……?」


 声に出して呟いたのは、精神を保つためでもある。


 何もせず、めったな会話もできない監禁生活──。


 独り言でも呟かなければやっていられない。


 考え疲れてウトウトしかけた頃、扉が開く音でハッと目を覚ました。


 そこに立っていたのは──



「ひっ……!?」


 ゾンビだった。


 正確に言うと、ゾンビのマスクを被った大柄な男である。



「……俺が怖いか?」


 男が野太い声で問いかける。


 しかし、杏奈は答えることなく男をじっと見上げていた。



「……怖がることはない。お前、ヒップホップは好きか?」


 ゾンビ男は抑揚のない口調で、杏奈を見下ろしながら言った。


 ヒップホップ?


 英語だか日本語だか分からない、ラップが入る音楽のことだよね……。



「……あんまり」


「チッ……。ヒップホップの良さが分からない奴がここにもいたか。大至急、今から聴いてもらう」


 男は不機嫌そうに言い放つと、部屋から出て行った。


 程なくして、スピーカーから大音量のヒップホップ音楽が流れ始めた。



「何これ……、うるさい!」


 耳の鼓膜が震えるほどの騒音に、杏奈は不快感を露わにした。


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