秘密実験【完全版】
「……どうした? リーダーのご厚意だ、食えよ」
男が見下ろしながら、やや早口に言う。
マスクの隙間から覗く目が、ギョロギョロと落ち着きなく動いていた。
やっぱり、リーダーが……。
食べるしかないよね。
杏奈は空腹も手伝って、ドーナツに顔を近づけた。
甘ったるい匂いが鼻をくすぐる。
「……いただきます」
小声で言うと、遠慮がちにドーナツを一口かじった。
ふんわりした衣と、クリームの甘味が口の中に広がる。
──美味しい!
杏奈はあまりの美味しさに胸を弾ませた。
そして、口を大きく開けてさらに食べ進めた。
ゴリッ ガリッ
「……んん!?」
突然、奇妙な歯触りに襲われた。
杏奈は目を見開き、咀嚼するのを止めた。
何……?
何なの!?
嫌な予感に顔を曇らせながら、口の中のものをペッと吐き出す。
そこには──
「ッ……、いやぁああああ!!」
無機質な室内に、杏奈の悲鳴が響き渡った。
ゾンビ男は何も言わず、微かに身体を揺らしながら立っている。
杏奈が食べたドーナツの中に、二つに割れたゴキブリの死骸が入っていた。
「ひッ……あぁあああっ……!」
半泣きになりながら、ドーナツの皿から顔を背ける。
飲み込みはしなかったものの、ゴキブリの感触が口の中に生々しく残っていた。
唇の端にクリームをつけたまま、バスルームに駆け込む。
そして後ろ手に蛇口をひねり、生温い水で何度もうがいをした。
「ハァ、ハァ、ハァッ……!」
吐き気を催しそうになりながら、杏奈はぐったりと壁にもたれかかった。
……狙いはこれだったんだ。
大好きなドーナツにゴキブリを入れて、私にトラウマを与える……。
それは見事に成功したのだった。