秘密実験【完全版】
手が使えないのをいいことに、ドーナツの下側に切り込みを入れて仕込んだのだろう。
杏奈は仁王立ちになり、ゾンビ男を睨みつけた。
小刻みにリズムを取っていた男が、ピタリと動きを止める。
「……俺を恨むのは筋違いだぜ? 発案者はリーダーだし、実行したのはもう一人の奴だ」
「……ピエロ?」
意外に気の小さそうな男の言葉に、杏奈は眉を寄せたまま訊き返す。
おかめの女は、ゴキブリなんか触れそうもなさそうだし。
「いや。別の奴だ」
「……じゃあ知らないわ。私が会ったのは、ピエロとおかめ。……それにゾンビのあなたよ」
杏奈が無表情に言うと、男は外国人がするように両手を広げて見せた。
「俺はゾンビじゃねぇ。ヒップホップが好きな、ただの人間だ」
「ただの人間が、罪のない人を監禁するのを手伝ったりする?」
「……。小難しい話は嫌いだ」
男はヘソを曲げたのか、そう言い残して部屋から出て行った。
ボロを出すのが怖くて逃げたとしか思えない。
「ハァー。もう最悪……」
変なものを食べさせられそうになった杏奈は力なく座り込み、立てた膝に頭を乗せた。
ドーナツはもう食べられないし、見たくもない。
しばらくして扉が開いた。
部屋に入ってきたのは──
「あ、ども。初めまして」
レスラーのような覆面をつけた小柄な男が、律儀に挨拶をしてきた。
一体何人いるのよ……!?
杏奈は混乱しそうになるのを抑えながら、覆面の男をじっと見上げた。
すると、男がおもむろに口を開いた。
「ゴキブリ・イン・ザ・ドーナツのお味は、いかがでしたか? 木南杏奈さん」