秘密実験【完全版】
「……悠介! 聞こえるっ? 杏奈だよ」
杏奈はテレビに近づき、画面の中の悠介に向かって呼びかけた。
覆面の男が少し驚いたように杏奈を見ている。
「彼氏さんのこと好きなんですね?」
「……っ」
男に顔を覗き込みながら言われ、杏奈は俯きがちに唇を噛んだ。
好きも何も……、この状況なら当たり前のことでしょ?
「杏奈さん。あなたがジュースを飲まないから、彼氏さんがとばっちりを受ける羽目になるんですよ」
「えっ……?」
覆面男の発した言葉に顔を上げる。
そして、男から画面に視線を移した。
『ひっひっひ。……被験者Bの“実験”スタートォ!』
ピエロ男は楽しそうに言うと、悠介が座る椅子をぐるぐると回し始めた。
徐々にスピードが出て、目にも止まらぬ速さで回り続ける。
『んんんーっ!』
猿ぐつわを噛まされた悠介は、不明瞭な悲鳴を上げた。
回転が止まりそうになると、ピエロ男は容赦なく椅子を回した。
「悠介……」
「ジュースを飲めば、回転は止まります」
悲しげな表情で彼の名前を呼ぶ杏奈に、すかさず男が口を挟む。
虫のジュースを飲むのは絶対に嫌だった。
ごめんね……悠介。
こんな身勝手な彼女で。
「飲まないんですか? ……残念です」
男が肩を落とすような仕草を見せる。
『ひゃはははは! お前は、彼女に見捨てられたんだよ! 見殺しにされちまうんだ』
ピエロ男が狂ったように笑いながら、悠介に向かって暴言を吐く。
回転するたび、悠介の頭がガクガクと揺れる。
ガタンッ
椅子が激しい回転に耐えられず、音を立てて倒れた。
縛りつけられた悠介の身体も、地面に投げ出される。
『ハァッ……ハァッ……!』
彼の苦しそうな呼吸だけが、虚しく室内に響き渡っていた。