秘密実験【完全版】
「……口を開けろ」
男が低い声で言った。
暗い雰囲気に似合わぬ美声に、杏奈は思わずドキリと胸を高鳴らせる。
しかし、口を開けろと言われて開けられるものではない。
「聞こえなかったのか?」
「……っ、何をするつもりなの?」
静かに苛立ちを露わにする男を見上げながら、杏奈は身を引くようにして言った。
すると、手が伸びてきて杏奈の後頭部を押さえつけた。
「嫌っ……離して!」
「殴られたくなかったら、口を開けろ。……怖がる必要はない」
男は催眠術をかけるような静かな口調で言いながら、杏奈の口元に何かを近づけた。
やだ、やだ……怖い!
しかし、痛い目を見るのはもっと嫌だった。
杏奈はギュッと目をつぶり、恐々と小さく口を開けた。
「んぐっ……!?」
無理やり口に押し込まれたものは、杏奈を一瞬にして恐怖と不安に陥れた。
弾力のある、ツルツルした丸い物体……。
「ぐっ……、いやぁーっ!」
口の中に広がる不快感に叫びながら、勢い良く吐き出した。
“それ”はボールのように、床の上をころころと転がっていく。
そのとき、天井の電気がパッと点灯した。
嫌でも、丸い物体の正体が目に入ってしまう。
「ひッ……! いやぁあああっ!!」
杏奈は顔をひきつらせながら、激しく首を振った。
男は表情を変えずに腕を組んで、取り乱す杏奈を冷ややかに見つめている。
床の上に転がる血走った眼球も、こちらを見ているような錯覚に陥った。