秘密実験【完全版】



 杏奈は久しぶりに両手が自由になり、開放感を覚えた。


 シャワーの蛇口を捻り、生温い湯で身体の汗を流す。


 その背後では、女がジッと監視の目を光らせていた。



「はぁ……いい気持ち」


「もう終わりだよ! 蛇口締めて」


「あっ、まだ髪の毛洗ってな……」


 杏奈の言葉を無視して、女はシャワーの湯を止めた。


 そして、勝ち誇ったように顔を近づけて笑う。



「……フフン。薄汚い女!」


「はっ……?」


 女の暴言に、顔をしかめて不満を表す。


 すると女は、ネイルを施した爪で杏奈の顔を引っ掻いてきた。



「きゃっ! 痛ぁ……」


「ちょっとかすったくらいで、騒ぐんじゃないっつうの! ほら、さっさと服着なよ」


 頬を押さえる杏奈に対し、ワンピースを投げつけてきた。


 この女は、いつもイライラしている。


 女のヒステリーほど、醜いものはないと言うのに。



「……サイズがぴったり」


 ワンピースを着た杏奈は、驚きを含んだ声で呟いた。


 女が明らかに嫌そうな顔をする。



「たまたまじゃないの? ……真が、そこまで調べてるとは思えないし」


「マコト?」


「ちっ……何でもないわよ!」


 女は焦りを隠すように小さく舌打ちすると、杏奈に手錠をかけ直した。


 そして、手にしていた袋から缶詰を取り出し床に投げつけた。



「今日のおまんまだよ。有り難く食べなさい?」


 冷ややかな笑いを浮かべながら、杏奈を見下ろしている。


 缶詰は、猫用のものだった。


 ……最悪。


 杏奈はげんなりして息を一つ吐くが、空腹には勝てない。


 缶詰のフタを後ろ手に開けて、ゆっくり顔を近づける。


 脂っこく、生臭いツナの匂いがした。


 ……嫌でも食べるしかない。


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