秘密実験【完全版】



 猫用の缶詰を犬食いする。


 まず……くもないかな?


 杏奈は、とにかく空腹を満たすことで頭が一杯だった。


 味なんて二の次だ。


 ものの数分で食べ終わると、今度は喉の渇きを覚えた。



「……水、飲んでもいい?」


「いちいち聞くな! ダメって言っても飲むんでしょ?」


 女に怒鳴りつけられ、気分が悪いままバスルームに向かう。


 水道の水は生温くて、全く美味しくない。


 しかし、何も飲めないよりはマシだった。



「ちょっとォー! 何よ、この目ん玉……。気持ち悪っ!」


 女が床に落ちていた眼球を見て、悲鳴に近い声を上げる。


 絶対に、最初から気づいていたはずなのに。


 性格悪すぎ……。



「アンタの彼氏のでしょ? 次、来るときまでに何とかしなさいよ!」


「えっ? そんな……」


「もしそこに落ちてたら、捨てちゃうからね! いい? ……あー、気持ち悪い!」


 女は念を押すと、杏奈の返事も聞かずに部屋から出て行った。


 捨てられてしまうのは、悠介があまりに可哀想だと思う。


 でも、だからってどうすれば……。


 杏奈はしばらく考えたが、恐る恐る眼球の前に立った。


 このまま放置するのは、本当に心苦しい。


 深呼吸をして、後ろ手にそれを摘んだ。


「ひっ……」


 何とも言えないツルツルした手触りに、杏奈は小さく悲鳴を漏らした。


 悠介のものだと思うと、余計に生々しく感じる。


 バスルームに入り、洗面台の下の扉を開けた。


 タオルや石鹸などが置かれているその場所に、悠介の眼球を隠すことにした。


 ごめんね?


 いつか会えたときに、渡すから……。


 杏奈は心の中で悠介に話しかけつつ、無意識のうちに手を洗っていた。


< 67 / 176 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop