秘密実験【完全版】
テレビの電源を点けると、男は部屋から出て行った。
砂嵐の画面をぼんやり眺めていると、ふいに白い壁が映った。
『ハロー、見えるかァ~? お兄さんだよーん!』
声とともに、ピエロ男の小汚い顔がアップになる。
何が“お兄さん”よ……気持ち悪い。
杏奈は壁にもたれかかりながら、男を睨むように見た。
『こちらはイケメン代表の悠介クンでーす! ひゅー、ひゅー』
「きゃっ……!」
画面に悠介が映った瞬間、杏奈は小さく悲鳴を上げた。
悠介なのに、悠介じゃない。
顔がパンパンに腫れ上がって、直視するのもためらってしまうほどだ。
殴られ、蹴られ……色々と暴行を受けた痕跡が見られる。
「ひどいッ……。悠介、悠介! 聞こえる?」
杏奈はテレビの前に駆け寄り、声を大きくして悠介に呼びかけた。
すると、微動だにしなかった彼がピクリと反応した。
『あ……ん……?』
切れて出血した唇を動かして、かすれた声を発する。
腫れ上がった瞼を懸命に開き、杏奈の姿を目にしようと必死な様子だった。
「悠介……! 大丈夫!?」
『あぁ……平気だよ。うっ……。杏は? 痛いことされてない?』
痛みに顔をしかめながらも、優しい気遣いを忘れない悠介。
杏奈は涙を堪えながら頷いた。
「私は大丈夫だよ! 心配しないで……っ」
ジュースを分けることを渋った自分が恥ずかしくなった。
悠介はきっと、飲まず食わずに近い状態だろう。
それなのに、杏奈の心配をしてくれているのだ。
ごめんなさい、悠介……。
私は自分のことしか考えてなかった。
『はいはーい、見つめ合うの終わりー! 悠介クン、ジュース飲みたくないかい?』
ピエロ男が割り込むようにして、わざとらしい猫なで声を出す。