秘密実験【完全版】



『……』


 悠介は無言だったが、顔の前に缶ジュースを突きつけられるとわずかに反応した。



『これなぁ、お前の彼女の飲みかけ。残り全部、お前にやるってよ!』


 ピエロ男が気持ちを弄ぶような発言をする。


 悠介は俯きがちになって、何かを考えているような様子を見せた。


 飲んでいいんだよ……? 悠介。



『飲むのか飲まないのか、早く答えろよクソがぁッ!』


『ぐっ……! の、飲むよ。飲むから……っ』


 男に脇腹を蹴られ、呻くように答える悠介。


 着ている服が血に染まっている。


 きっと、シャワーも浴びさせてもらえないのだろう。


 人間としての最低限の生活すら、今の彼には程遠いものなのだ。



『チッ、飲むのかよ。……野郎に飲ませるのは胸くそわりぃ。だ、か、ら……』


 男はそこで言葉を切ると、床にジュースを零した。


 黄色の液体が広がっていく。


 まさか……。


 杏奈は不安な気持ちで見守っていた。



『ほら、飲めよ! ひゃははははッ』


 ピエロ男が笑いながら、悠介の身体を椅子ごと蹴り倒す。



『ううッ……!』


 うつぶせに倒れ込んだ悠介は、液体の上に勢い良くダイブした。


 ビシャッと液体が跳ね上がり、彼の顔面や服を汚す。



『うらうら。とっとと飲めや! 濡れた床をピカピカに掃除しろ』


『んぐっ……!』


 悠介の頭を押さえつけるピエロ男は、これ以上ないくらいに楽しそうだった。



「悠介! ゆう……」


 涙ながらに呼びかける杏奈だが、信じられない光景を目にして立ち尽くした。


 ピチャ ピチャ ピチャ ……


 ミルクを飲む子猫さながら、悠介が舌で床に零れたオレンジジュースを舐めている。


 嫌々と言うよりも、むしろ本能に従っているように見える。


 ……そんな。


 杏奈は画面の中の彼を見つめたまま、よろよろと後退りした。


 こんな悠介など見たくなかった、と言うのが本音である。


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