秘密実験【完全版】
悠介を嫌いになりたくないから、杏奈は画面から目を逸らして俯いた。
しかし、音声まで遮断することは出来ない。
ピチャ ピチャ ピチャ……
『ひひっ……どうだ? オレンジジュース、美味いだろ~? いいコにしてたら、次はコーラを飲ませてやるからな!』
ピエロ男が嘲笑混じりに言う。
すると、悠介は動きを止めて顔を上げた。
『コーラ……? の、飲みたい! ……ぜひお願いします!』
右目を輝かせながらそう言って、床に頭をこすりつけた。
土下座のつもりなのだろう。
その不格好な姿に、ピエロ男は喉を鳴らして笑っている。
悠介……そんなにしてまで飲みたいの?
カッコ良くて優しい彼氏が今や、小汚い物乞いに見える。
杏奈は再び頭痛が襲ってくるのを感じながら、ショックで絶句していた。
頭を踏みつけられている悠介が、杏奈の名前を小さく呼ぶ。
やだ……
そんな格好で呼ばないで!
杏奈は頭を振って、彼の呼びかけに応えなかった。
『杏……? いるんだろ? 返事……して』
腫れ上がった右目を開こうとするが、なかなか上手くいかない。
悠介は代わりに杏奈の声を聞きたくて、懸命に耳を傾けた。
『あ……ん? 杏奈……』
「いやっ……!」
耳を塞ぎたいのに塞げない。
杏奈は絶望感から、悲鳴に近い声を上げた。
その瞬間、悠介の表情が悲しげなものになる。
しかしすぐに、口元に優しい笑みを浮かべた。
『ごめんな……。守って、やれなくて……』
杏奈は部屋の隅に座り、膝に顔を埋めるようにした。
嫌いになったわけじゃない。
でも……。
様々な感情が混じり合い、涙がポロポロ流れ出す。
『あーっはっは! フラれてやんの、カッコわり~。愉快、爽快! ひゃははははーっ』
腹を抱えて笑うピエロ男。
悠介は疲れたのか、床に横たわったまま目を閉じた。