秘密実験【完全版】



「……ぷはーっ! やっぱり俺、ビールの方が好きだわ。ほらよ、有り難く飲めや」


 ピエロ男が缶を近づけてきて、杏奈に飲ませようとする。


 ゴク ゴク ゴク ……


 ヒンヤリと冷たくて、炭酸が喉に染みるくらい美味しい。


 しかし、無情にも口から缶を引き離されてしまった。



「お前の分はおしま~い!」


「……」


 無言で、ピエロ男を睨むように見る杏奈。



「何だ? 文句あんのかよ。まだ飲みてーのか?」


「……うん」


 唇をすぼめながら頷く。


 すると、男は考えるような顔つきになった。



「残りは彼氏に飲ませるつもりだったんだけどなァ……」


「……っ」


 何も言えなくなり、杏奈は唇を噛みしめて俯いた。


 悠介の名前を出されたら……。



「彼氏に飲ませるか? それとも、お前が残り全部飲んじまう? さぁ、どっちだ」


 ピエロ男がニヤニヤしながら、顔を寄せて囁くように言う。



「……」


 杏奈は迷う素振りを見せるが、答えは決まっていた。


 ゆっくり顔を上げて口を開く。




「私が……、全部飲む!」


 そう言った瞬間、ピエロ男は細い目を精一杯見開いて、驚きの表情を作った。


 しかし、すぐに口元に卑しい笑みを浮かべる。



「彼女失格だな、お前。最低な女だよ、マジで」


「……うるさいっ」


 杏奈は顔を背けながら、小声で言い放った。


 確かに彼女失格かもしれない。


 自分のことを優先させる、最低な女だとも思う。


 悠介の好きなコーラ……。


 でも、これは私のものだから。


 ──ごめんね? 悠介。



「あぁ、女って怖ぇ! ……まあ、約束は約束だ。ほらよ」


 ピエロ男に飲まされるコーラは、杏奈のカラカラに渇いた喉を潤した。


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