秘密実験【完全版】



『なぁ、おい。お前の彼女な、ひでーんだぜ? お前にコーラを飲ませたくないって言って、一人で全部飲んじまったんだから』


「違っ……!」


 悠介の髪を掴みながら吹き込むピエロ男に、杏奈は思わず声を上げた。


 いや──あいつの言う通りだ。


 何一つ、間違っていない。



『どうだ? 最悪だろ!? おめー、女見る目ねぇな。ま、俺も人のこと言えねーけど!』


 ひゃひゃひゃ、と耳障りな笑い声を上げるピエロ男。


 しかし、悠介は口の周りを汚したまま、焦りの表情を浮かべる杏奈を静かに見つめていた。



「ゆ……悠介。違うの、聞いて? 私、全部飲めって強要されて……それで!」


『ハァ~!? お前ふざけんな、カス女!』


 ピエロ男が目を剥いて、罵声を浴びせてくる。


 確かに怒るのも無理はない。


 強要されたわけではなく、自ら取った行動なのに。


 ……最低だよね、私。



『杏……』


 悠介は腫れた右目で、必死に杏奈を見つめていた。


 風邪をひいたようなひどい掠れ声で、何かを言いたそうに唇を動かしている。


 その強い眼差しに心中を見透かされそうで、杏奈は唇を噛んで俯いた。


 ごめんなさい、悠介……。


 私を軽蔑するよね?


 しかし、彼は──



『……杏。こっち向いて?』


 声を出すのも苦しいだろうに、優しく話しかけてきたのである。


 ゆっくり顔を上げると、悠介と目が合った。


 何か言わなきゃ──。



「あの、私っ……!」


『いいんだよ、何も言わないで。……ねぇ、杏。コーラは美味しかった?』


「っ……」


 アザだらけの醜い顔で微笑んだ彼は、今までで一番キラキラと輝いて見えた。


 今まで押し殺していた感情が堰を切ったように溢れ出し、ワッとその場に泣き崩れる杏奈。



「ううっ……! ごめんなさい、悠介ぇ……っ」


『杏……杏奈? 泣かないで……。俺も泣きたくなる……から……っ』


 画面の中の悠介は、初めて声を震わせて泣いていた。


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