秘密実験【完全版】



「嫌……。来ないでっ!」


 杏奈は素早く立ち上がって、後退りをした。


 男が靴音を地面に固く反響させながら、無言で近づいてくる。



「あっ……」


 どんっ、と壁に背中がぶち当たった。


 もう逃げられない──。


 杏奈は迫り来る敵を見上げて、震える息とともに言葉を吐き出した。



「……私を、殺したいの?」


「動くな」


 男は低くそう言い放つと、左手で杏奈の細い首を締めつけた。


 一見華奢な体躯に似合わぬ、強い力で押さえつけられる。



「ぐっ……!」


 息苦しさを覚えながら、顎を上に向ける。


 男が無言でナイフを振り上げるのが見えた。


 ギラリと鈍く光る刃先に、杏奈は身をすくませた。


 あぁ、神様お願い……!


 ギュッと目をつむって、全身に力を入れる。


 その瞬間、空を切る音に続いて布を裂く音が耳に響いた。



「ッ……!?」


 花柄のワンピースが切り裂かれ、下着が露わになった。


 首を掴まれていて身動きが取れない。


 杏奈は自分の身体を切られているような錯覚を起こしながら、悲鳴を上げたい衝動を必死に抑え込んだ。


 男は無表情で、ワンピースをナイフで何度も切り裂く。


 ボロボロの布切れと化したとき、男の息は微かに上がっていた。


 杏奈の身体から布を剥ぐように取り去ると、胸元のポケットからライターを取り出した。



「ハァ、ハァ……ッ」


 やっと解放された杏奈は、壁にもたれかかって喘ぐように呼吸をする。


 彼が今から何をしようとしているのか、容易に想像がついた。


 ワンピースを燃やしている……。


 男は、それを無造作に床に投げ捨てた。


 異常な行動に唖然としながら、杏奈は黒焦げになったワンピースの燃えかすを見つめていた。



「……本当は、お前を殺そうと思った」


「え……?」


 男の独り言にも似た呟きに、思わず顔を強ばらせる。


 ──やっぱり、私を殺すつもりだったんだ。


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