秘密実験【完全版】
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「ただいま~! ……ってあれ? 真は?」
元気よく部屋に入ってきた中野未来が、リーダーの姿を求めて室内を見回す。
小鳥が心細そうに、親鳥を探すような仕草にも見える。
モニターの前にいた額田は伸びをしながら、座り心地の良くない椅子から立ち上がった。
「知らねー。席空けるから代わりに見ておけって言われただけだし」
「は? 監視役がアンタなら、もっと苛めてやれば良かったー。あの子!」
口を歪めながら、意地悪そうな薄ら笑いを浮かべる未来。
右頬に貼られた大きな絆創膏が痛々しい。
真にリモコンを投げつけられ、怪我をしてしまったのだ。
額田はその現場を見ていないが、後輩の倉重拓馬が唯一の目撃者だった。
『ひどいッスよ、真さんは……。アイツがちょっと話しかけただけで、いきなり物を投げるなんて』
口周りに髭を生やした強面の彼は、普段より早口で額田にそう訴えたのである。
親友の真を庇うわけではないが、“ちょっと”ではなく“しつこく”だったのだろう。
中野未来の性格からして、そうとしか考えられない。
「でも、中野ちゃんさぁ。忠告するわけじゃねーけど、あの女に敵対心燃やさない方がいいぜ?」
「……っ! 別に敵対心なんかないし。生意気だから苛めたくなるだけよ!」
「それだよ。そんな考えは捨てた方が吉だ。だって中野ちゃんは」
真の恋人じゃないんだから、と言いかけて口を噤んだ。
言ったが最後、ボコボコにされるだろう。
「だってムカつかない!? あのぶりっこ女! 真に色目使いやがって……」
未来は髪の毛先を弄りながら、唇を尖らせた。
色目は使っていないと思うぞ。
その言葉も飲み込んでから、額田はウンウンと頷いて見せる。
「確かにムカつくな。殴ったらスッキリすんだろうなぁ……。まっ、俺は彼氏をサンドバックにしてるけどな!」
そう言いながら、痛みに顔を歪める遠藤悠介の姿を脳裏に蘇らせた。