秘密実験【完全版】
第五章
彼は内心、焦っていた。
長い前髪で表情はよく見えないが、苛立ちをぶつけるように指先でテーブルを叩いている。
カレンダーの日付は八月十日。
二人を監禁してから、一週間が過ぎた。
しかし、未だに大きな変化はない。
男の方は毎日、何時間も暴行を受けているにも関わらず、“清らかな心”を持ち続けていた。
それが彼を苛立たせる原因の一つでもあった。
俺はそんなものが見たいわけじゃない、と──。
“実験”の内容が生易しすぎるのだろうか?
彼は自分のやり方に多少の疑問を覚えた。
「ねぇ、真ぉ~。アイス買って来たから一緒に食べよう?」
「……」
猫なで声ですり寄ってくる後輩の中野未来には目もくれず、彼は監視室から出て行った。
「お。真、どこ行くんだ?」
狭い廊下で、腐れ縁の額田とすれ違う。
彼は鬱陶しく思いながらも「散歩」と、素っ気なく答えた。
地上へ続く階段の前で、ふと足を止めて振り返る。
「額田」
「あ?」
「被験者Bは、いつになったら実験の成果が出るんだ?」
「……あ。そ、それはだな。お楽しみは先延ばしした方がいいだろ!?」
一瞬、慌てたような表情を浮かべた額田は、お調子者よろしくヘラヘラと笑ってごまかす。
その不真面目な態度が、彼の苛立ちに拍車をかけた。
「ふざけるな。今日中に成果を上げろ。分かったか?」
「えぇっ? 今日中かよぉ……。あと三時間しかねぇじゃん!」
額田は腕時計を見ながら、頓狂な声を上げた。
そう──今は夜の九時。
しかし、この実験には昼夜など関係ない。
「……いいな? もし失敗したら、バイト料は無いと思え」
「えぇ!? そんなのありかよ? パチンコやりたくて仕方ねぇんだよ、禁断症状が出まくって手ェ震えてんのに……」
そう言ってわざと手を震わせて見せる額田に「じゃあ死ぬ気で頑張れ」と言い残し、彼は暗闇へと姿を消した。