秘密実験【完全版】
「ハァッ……ハァ……」
夢の中で叫んだのか、現実に叫んだのか分からない。
杏奈は動悸が鎮まるまで、横たわったままでいた。
やがて落ち着いてくると、空腹感に苛まれた。
……夢の中だから、いくら食べても満腹にならなかったんだわ。
ぐぅ、と小さく腹の虫が鳴る。
人間はどんな状況に置かれていても、一人前に腹は減るのだ。
それとも、自分だけだろうか?
「……っ!」
そのとき扉が開いて、リーダーの男が部屋に入ってきた。
杏奈の全身に緊張が走る。
長袖の白いワイシャツに、細身のジーンズを穿きこなしている。
その立ち姿は、ファッションのモデルに見えなくもない。
壁を背にして立ち、気だるげに腕を組む男。
前髪の隙間から覗く黒い瞳は、まっすぐに杏奈を捕らえていた。
「……何なのよ?」
奇妙な沈黙と無言の圧力に耐えきれず、杏奈はつい攻撃的な口調になる。
しかし、男は眉一つ動かさずに口を開いた。
「……お前が食べたい物は何だ?」
「──え?」
意外な問いかけに、思わず目を見開く。
食べたい物。
そんなことを訊いて、どうするのだろうか?
杏奈の頭の中に、夢に出てきたステーキの残像がちらつく。
でも、ドーナツの二の舞になったら嫌だ。
「あいにく、俺は短気だ。早く答えないと──」
「……っ、ステーキ!」
杏奈は男の低い声に脅威を感じ、とっさに声を上げた。
こんがり焼かれた、美味しいステーキが食べたい。
想像するだけで、口の中に唾が溢れそうだ。
その刹那、男の目に鋭い光が灯る。
「……ふん。そうか。ステーキか……」
一語ずつ噛みしめるように呟きながら、目を細めるようにして杏奈を見つめる。
「余談だが、俺は肉を食わない。なぜか分かるか?」
「……」
無言で首を振る。
分かるわけないじゃない。
「……俺も、ガキの頃は毎日のように肉を食っていた」
男は髪を掻きあげながらため息混じりに零すと、わずかに唇をつり上げた。
「注文は、ステーキだったな? ……そのまま大人しく待ってろ」
そう言い残し、部屋から出て行った。