秘密実験【完全版】
「っ……! 何で、こんなものが……?」
食欲が満たされた杏奈は、はたと我に返った。
ステーキの中に混入していた異物に、嫌悪感すら催す。
「……さぁな。リーダーが調理してたから。俺は何も知らん」
男は顔を背けながら、無愛想に言い放った。
しかし嘘をついている様子ではない。
本当に知らないのだろう。
これは“誰”の歯……?
杏奈の頭の中に、唐突に悠介の顔が思い浮かんだ。
作りものでなければ、彼の歯である可能性が高いだろう。
「悠介……っ。だ、大丈夫……だよね?」
仁王立ちする男にすがるような目で言う。
しかし、返ってきた言葉は非情なものだった。
「俺の担当じゃないから知らん」
「……」
杏奈はひとかけらのステーキが残された皿を見つめながら、罪悪感と不安に苛まれた。
自分だけが美味しい肉を食べて、満たされたことへの罪悪感。
そして、この歯が悠介から抜かれたものである可能性からくる不安……。
ごめんね、悠介。
きっと、まだ生きてるよね?
「じゃあ行くわ、俺」
ゾンビ男は皿を手に、部屋から出て行った。
一人になった途端、深々とため息を漏らす杏奈。
ステーキのソースがしょっぱかったせいか、喉がひどく乾く。
バスルームに行き、水道水の生温い水を少しずつ飲んだ。
……誰か見てる?
杏奈はふと、強い視線を感じて動きを止めた。
そして思い出してしまった。
足元の位置にある洗面台の扉の中に、悠介の眼球を隠したことを──。
あぁ、すっごい不気味!
さっさと出よう。
逃げるようにバスルームから出て、毛布の上によろよろと座り込む。
何だかすごく眠い……。
杏奈は満腹感からくる心地いい眠気に包まれ、ゆっくりと目を閉じた。
そして、久しぶりに幼い頃の夢を見たのだった。
「……お母さん……」
悠介のことなど忘れ去ってしまったかのように、杏奈は実の母親と暮らしていた頃を思い出し懐かしさを覚えた。